口は禍の門アーカイブ


ここは2004年頃から2023年3月の間に書きためた「口は災いの門」のアーカイブです。一番古い記述は2004年9月26日です。そこまでクリックで遡るのは大変ですので、ジャンプできるようにしました。2008年以降は半年ごとに改ページしていますので、年の前半は12月までのファイルからジャンプしてください。
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口は禍の門

 今日でアカデミアとしてのキャリアも終わり。明日からはただのじいさんとしての人生が始まる。ホームページの更新はしばらく休止する。ガス抜きは心を平静に保つために有効なので、エピクロス流“隠れて生きる”を実践できたときにまた再開したいと思う。(2023年3月31日)

 21世紀も大分過ぎた。最近はいやなことが多い。自分は歳をとり、すっかり黄昏れてしまったが、明るい未来に対する希望が消滅したわけではない。未来は良くなるはずだという希望の火は心の中でしぶとく燻り続けているのである。それが人生を少し楽しくさせている。世の中のありさまをできるだけ長く眺めていたいという思いで生きている。暖かくなったら定年を迎える。(2023年1月1日)

2022年12月までの書き込み


ただのじいさんに転身

この2日間は研究室退去の作業で忙殺された。辞令手交の時間に遅れそうになり、あわてて作業着のままセンター長室へ。辞令を頂き、これで40年間の研究者人生が終了。あっけないものだ。歓喜に包まれて辞令を受けとるのだろうと思っていたが、寂しい気持ちが本音である。研究室に戻り、粛々と荷物の整理。廊下に積み上げた資料の山がすごい。学会誌も一部は残そうと思っていたが、全て捨て去ることにする。オンラインで閲覧できるからね。学会は会長を務めた二つだけを残して全て退会した。ちょっとまずいかなと思う学会もあったが、今後アカデミアとして活動することはないだろう。それよりも現場で実践したいのだ。ただのじいさんとなって現場を見守っていきたいと思う。イニシアチブをとったりしない。すばらしいリーダーの方々がたくさんいるから。元大学人は現場の経験を十分積むまでおとなしくしていなければあかん。そんな思いを新たにする。(2023年3月31日)

さらば思い出

あと二日で定年。荷物の整理が追いつかぬ。保管したい書類もえいやと廃棄。なつかしいことが書かれた文書も出てくるが、思い出よ“さらば”である。当初は保管しようと思っていた資料も時間がなくなり、廃棄を決断する。寂しいが人生の節目だからしょうがないのだろう。人生は放物線。頂点を極めた後は必ず下降する。新たな軌道に移らなければいかんのだ。(2023年3月29日)

フレイル予備軍

ラジオで聞いた「フレイル」。あ、これオレじゃん。疲れやすくなっているし、活動性が低下している。意欲を維持するのに苦労している状況。筋力はまだ保っているように思うが、ふともものだるさ、関節の痛みで、よろけることがある。なんといっても頭痛がだんだんひどくなっている。そのため脳の機能が減退している。定年後は回復するだろうか。本格的老年期を迎え不安は募るが、企みがあれば元気になれるし、企みはたくさんある。とは言いつつも、最近ますます心が弱くなっている。どうすれば強くなるか。(2023年3月29日)

楽農報告

この週末は雨だったので農作業はなし。菜の花のピークは過ぎたが、キクモモの花が咲きはじめた。ブロッコリの花は大風で倒れてしまった。雑草も元気が出てきたようだ。畑にでなかったので、書斎で終活。本があふれてしまっているのだ。本を手に取りながら、死ぬまでにもう一度読むだろうか、とじっくり考える。読まないだろうなと思ったら廃棄。作業を進めるうちに廃棄の閾値がだんだん下がってくる。だいぶ整理できたが、大学には大量の本が残っている。持ち帰って少しずつ諦めに達するのを待つしかないだろう。人生のフェーズが代わったのだ。もっと身軽になると、次の人生が見えてくる。(2023年3月26日)

行為の意味

岸田首相がウクライナに持って行ったおみやげが宮島の"必勝しゃもじ"だったそうだ。その意味の捉え方は人様々だろうが、確実なことがひとつあるように思う。それは正義と悪を絶対化したということ。それは鬼畜米英を唱えて戦争に突き進んだかつての日本の姿と同じである。正義と悪を相対化してとらえることができれば、これまでにやるべきことがあったことがわかるはず。日本は歴史認識や、思想、哲学に疎い国になってしまった(市井にはわかっている人々もおるのじゃが政治家はどうじゃ)。ますます世界は混沌としてきたが、戦争、紛争を避けたいという思いは確実にある。その思いをどう育てていくか。日本は富国強兵と豊かな小国の二者択一を迫られた明治と同じ状況にあるのではないか。豊かさを再考し、豊かな小国が強くなることも可能なのではないだろうか。時代錯誤の頭の固い昭和の爺の時代は終わり。自分の時代も終わったのじゃ。自在に交流できる世界の若者に期待したいものじゃ。爺は陰ながら支えるつもりじゃ。(2023年3月25日)

文明社会のうんこ

山の中に建設された最終処分場の視察にいってきた。遠くには鹿野山がみえる。その山腹から遠望した九十九谷の印象が東山魁夷の「残照」の前景になった。そこに処分場がある。人はうんこをする。でも、うんこがどこに行くかは気にかけない。その先で、うんこは下水処理場の汚泥となる。ここにはそんな汚泥も運ばれてくる。文明社会のうんこだ。文明社会も自分のうんこがどこに行くか、気にかけない。文明社会とはそんなもの。文明社会における暮らしの場である都市が生きるためにはうんこを持って行く場所が必要だ。自然は都市のうんこの捨て場だろうか。自然に便益はあるのか。自然のことを慮るとともに、受益に対する責任を都市は考えなければならないはずだ。山麓の山桜が実に美しい。九十九谷のすばらしい景観の中に都市のうんこをかくすのか。それとも、都市の中で循環させることはできないか。それでもだめな時に、申し訳ないのですが、すこしうんこを引き受けてくれませんか、と自然にお願いするのが筋だろう。(2023年3月24日)

学術会議の役割と時代ー三つの科学

朝日朝刊オピニオン欄に「学術会議 揺らぐ独立」と題した記事。「科学とは『実証と論理』で構成される」、「科学的根拠を基に、論理を組み立てて発展させる」、「実証と論理を重んじ、守ることが、科学者の議論の生命線です」は大西さんの主張。まったくその通りで否定などはできない。ただし、それは科学の一部にすぎないのではないだろうか。政府の主張は課題解決型科学に貢献せよということで、それも科学の一部である。この大西さんいうところの科学は先進国がおおむね経済成長の局面にあった20世紀後半で花開いた基礎ないし応用科学。どちらも科学の部分だ。政府の科学は経済成長にかげりが見えてきた時代の科学。現在は世界が混沌とした状況に突入した時代。この時代で重要な科学がもうひとつある。それは問題解決型科学であり、多様な視座を認識し、様々な視点から多様な視線方向で見つめなければ認識できない問題を扱う"もうひとつの科学"である。それは実証もできず、論理も力を持たない対象を扱う科学でもある。ここでは科学の意味も変わってくる。科学ではなく学術といっても問題に対しては第三者的な意味合いを持ってしまうが、学術の方がしっくりする。問題に対しては全体のなかに時間、空間、こころを認識し、感性を重視してリアリティーに接近することが大切だ。科学者とステークホルダーの関係ではなく、すべてが当事者として問題の解決を共有するフレームを構築し、オルタナティブ・サイエンスとしての問題解決型科学を実現しなければいけない時代に入ったのではないか。学術会議は三つの科学の役割を認識し、うまくバランスする必要があると思うが、現在の科学者のマインドでは難しいのだろうか。(2023年3月24日)

温室効果ガス削減目標に対する姿勢

千葉県地球温暖化対策実行計画において2030年度の温室効果ガス排出量を2013年度比で40%削減(国は46%削減)とする案の知事への答申には、更なる高みを目指すことを附帯意見として明記するということで落着した。更なる高みの数値は明記されず、文言はまだ甘いのであるが、行政の限界なのだろう。行政が一歩踏み出すためには知事の決断が重要である。このことは滋賀県の流域治水条例で学んだ。さて、知事は附帯意見を気にとめてくれるだろうか。今日はたまたま県内のある大企業の脱炭素化計画に関するレクがあった。国の方針に合わせて2030年46%に相当する削減をめざすとのこと。あらゆる選択肢を検討し、可能との結論に至った。ここが担当者が策定する行政の計画と、生き残りをかけた企業の計画の違いである。できることの積み重ねではひとごとになってしまう。企業はわがこと化して考えざるをえない。そうやってようやく道筋が見えてくる。それでも、目標達成は困難なのだが、あらゆる試みを検討、実施するうちに人の精神的習慣が変わるのではないか。それが目標に挑戦することの真の意味だと思う。(2023年3月22日)

楽農報告

どうも心身が不調なのだ。不調は慢性化しているが、このところさらに不調だ。頭痛、耳鳴り、関節痛、腿の疲れ、足裏の筋の損傷、...老いた。特に頭痛はデスクワークを妨げ、やるべきことはたくさんあるのだが、やる気が出せない。脳みそが考えることを拒否しているのだろうか。唯一畑作業のみが全てを忘れて集中できる営みである。今日はエンドウとスティックセニョールを3株移植。エンドウは2作目で、最初のエンドウは順調に育っている。小さい区画をつくってダイコンとニンジンを播種。千日紅をポット蒔き。後は草取りと区画の整形。野菜は1区画を小さくして、時間差で育て、なるべく長い収穫を企む。桜、モモ、スイセン、ナノハナが開花中。畑が一番美しい時期を迎えた。雑草の花だってきれいなのだ。早く定年を迎えて畑や自然の中でのんびりと過ごしたいものだ。あと10日、心身が壊れなければよいが。(2023年3月21日)

社会の変革は市民サイドから

今日は千葉県地球温暖化対策実行計画の最終審議だったのだが、この期に及んで温室効果ガス削減目標の文言修正を提案した。「2030年度における千葉県の温室効果ガス排出量を2013年度比40%削減とし、更なる高みを目指す」の「更なる高みを目指す」の部分を「可能な限り(国の目標)の46%、あるいはそれ以上を目指す」とできないものか。湾岸に工業地帯を抱える千葉県は国と同様に積算すると40%にしかならない。しかし、気候変動対策はSDGsの「社会の変革」でもあり、それは人の精神的習慣の変更を伴い、歴史的に「社会の変革」は市民サイドから始まる。トップダウンも大事であるが、ボトムアップの営みを励ます姿勢が必要だ。そうすれば案外達成できるもんじゃないか。(2023年3月20日)

しみる友部正人

Youtubeで友部正人を見つけて視聴。阿佐ヶ谷、高円寺、西荻あたりの東京西郊のフォークソングにあこがれたあの時代の感覚がよみがえる。中学の時、「一本道」の詞をまねて「ああ総武線よ空をとんであの娘の胸に突き刺され」なんてノートに書き綴っていたところを担任に見つかって大声で読まれた。恥ずかしい思い出。「一本道/まちは裸ですわりこんでいる」のシングルレコードがあるはず。探したら出てきた。なつかしい。当時の情報源はラジオと雑誌だった。高校では山にはまり、購読雑誌が音楽系から山岳系になり、テレビにでるアーティストしか聞かなくなった。今、Youtubeでその後の友部正人を聴くと、よい。こころにしみる。70年代以降の友部もすごく良かった。じっくり聞き込まねばあかん。今日は友人に蕎麦打ちを教わることを約束したところだが、またやることが増えたわい。(2023年3月18日)

あきらめの蓄積の結果

退職の日が近づいてきた。研究室の片づけも急がないとあかんが、蓄積されたものの量は半端ではない。大切だと思って保管してきたものも捨てざるを得ない。逡巡して、えいやとあきらめてひもで括る。それを繰り返すうちに、あきらめがこころの中に蓄積されていき、あきらめの閾値がだんだん低くなる。自分の過去がだんだんと失われていく。それはそれで良いのじゃろう。ひとは生まれ、生きて死んでいくのだ。そんな人生こそが尊いし、年相応の新しい人生を歩むこともできるのだ。ひとつの人生のために何かを残そうとしても苦しいだけだ。こころを解放してあたらしいいのちを紡ぐのだ。(2023年3月17日)

苦しさは同じ

先ほど書いたことがなんとなく気になっていたのだが、それは立場によって苦しさが変わるわけではないということだった。人はそれぞれの意識世界の中で生きている。唯識仏教では“しあわせはひとのこころがきめる”ということ。だから、下がマットレスだろうが、コンクリートだろうが苦しさは同じなのではないか。それはマットレスをもつ人とコンクリートしかない人の意識世界が交わっていないということでもある。それはそれで問題なのだが、苦しさは同じだということをまずわかり合うことが大切なのだろう。人の意識世界が交わったらどうなるか。その時こそ望ましい社会保障のあり方が実現するときではないか。(2023年3月15日)

人生の不平等

昨日の朝日夕刊のコラム「取材考記」より。記者の浜田陽太郎さんの「55歳の『逃げ恥』体験」はおもしろく読ませて頂いた。「自分は会社で役立っていないのでは」と悩んだ浜田さんが「自己充実休職」制度を使って1年間田舎で過ごしたことを書いた記事。この連載に対して「正直、共感するポイントを探すことが難しい」というコメントを寄せたのが人類学者の磯野真穂さん。任期なし正社員に一度もなったことのない磯野さんによると、落下しても「ふかふかの羽毛布団と高級マットレス」が待ち構えている人と、「冷たいコンクリート」しかない人の存在があらわにされた気持ちは拭えないという。自分もそやな、と思う。羽毛布団と高級マットレスが待ち構えている人生だった。磯野さんはさらに「あなたよりもっと大変な人がいる」という語り口を進めると「不幸の総量」が発言力を決める事態に陥ってしまうことに気をつけようという。自分も常にそのことは気になっていた。不幸を量って競っても分断しか生まれない。このコラムの話は社会保障のあり方に進むが、この点は「社会の変革」を実現するための重要な論点である。しかし、ひとの力はか弱いものだ。ひとの思いをどう社会変革につなげるかという切り口もあるが、自分は人生とはなんやろか、人はどうやって人生を諒解するのか、ということを考えてしまう。人生は不平等。それは受け入れざるを得ないのではないか。不運は受け入れざるを得ない。不運を不幸と思わずに、粛々と生きる。それが仏教の教えなのではないか。どんな状況も受け入れる。ひとに対しては布施を大切にすることが安寧につながるのではないか。布施とは無財の七施でもよい。そんな生き方ができる社会は進歩が必要な社会ではないんだよな。(2023年3月15日)

分断を避ける智慧

この時期は東日本大震災関連のニュースが多い。被災者が多かったということだろうが、一人の被災は、事象自体が大災害ではなかったとしてもその人にとってはつらく忘れ得ぬ経験である。大災害だけでなく、たくさんの、いろいろなところにあった災害に思いを馳せることも大切だろうな。地域の災害を忘れないということが人や社会の分断をふせぐと思うが、個々の災害の詳細はWEBにあるので、日本はどこでも災害の歴史や文化があるのだということをしっかり認識しておけば良いだろう。災害は人生の一部でもあり、災害に遭わなかったことは幸運にすぎないということを自覚し、災害に遭ってしまった人々のことを思うという意識が大切であり、それが分断を生じさせない智慧ではないかな。(2023年3月13日)

楽農報告

この週末はがんばって腰が痛くなった。草取りをして、石灰、堆肥を入れて畑を耕し、春に備える。耕運機が壊れてから三本鍬を使っており、身体は限界まで酷使する。といっても非力なのでたいした運動量ではないが。畑の南側境界にアフリカン・マリーゴールドを蒔く。ナスとキュウリはポット蒔きする。これからはなるべく種から育てようと思う。発芽したモロッコは移植。畑ではやることは山ほどある。動かない老人にならないよう気をつけて、美しい畑をめざしたい。(2023年3月12日)

意味のある時間

畑に出ていたらその時がやってきた。放送にあわせて黙祷を始めたが、この時刻は地震が発生した時。苦しみはこのあと時間をおいてやってきた。そして悲しみが押し寄せる。一方、阿武隈の山の民にとっての転換は15日にやってくる。津波被災地域の支援者から避難者へ。苦しみと悲しみはこのあと何波もやってきた。それは今でも続いているが、何とか波を乗り越えた人々も増えてきた。この12年の間にも日本ではたくさんの災害を経験した。日本中、世界中に苦しみ、悲しみを乗り越えた先の再出発がある。そんなことを思うことに意味がある時間。(2023年3月11日)

花を愛でるこころ

最終講義翌日。今日はなんだか退職した気分だ。朝、家を出て八千代に向かう。新川の千本桜は8~9分咲き。今年は何とか美しい姿を見ることができた。平日なのだが人がたくさん。お年寄り、子連れのお母さんが多いようである。花を愛でるこころを共有しているということがうれしい。チェアリングしてのんびり過ごしたいもんじゃ。4月以降はいつでもできよう。印旛沼流域にはたくさんの花があるはずじゃ。少しずつ探索して広めよう。(2023年3月7日)

最終講義を終えて

だんだん終わりが近づくなぁ。最終講義と囲む会を終えたところだが、褒められるのは苦手じゃ。褒められたいという気持ちはなきにしもあらずなのだが、それに後ろめたさを感じてしまう。自分に自信がないことが理由なのじゃが、そこが自分の弱点なのじゃと思う。もうちょいと自信をもたんと老後が明るくならんのう。でも、いろんなしがらみから解放されると少しは気持ちも楽になるというもんじゃろう。環境問題を解決しようとか、社会を変えようといった課題はエリートであっては成就できんのじゃ。地べたを這いまわるところからはじめねばいかん。地べたにこそ幸せがあるってもんじゃ。だから隠者になるのじゃ。なれるのであればね。世の中にはたくさんの隠者がおったに違いない。記憶されることのないたくさんの隠者が。ちいさな世界の中で生きて死ぬのじゃ。(2023年3月6日)

楽農報告

この週末、播種したのは春ダイコン、ゴボウ、ネギ、ニンジン。ネギは後で移植するつもり。ニンジンは発芽に失敗した区画に古い種を補充。芽が出たらめっけもの。花の種ミックスを二ヶ所に播種し、ポットに百日草、カラーヒマワリ、ズッキーニを播種。温室の中ではモロッコ、矢車草、ネモフィラも育っている、ネモフィラは外に移植。モロッコは来週移植予定。先週刈って細断してある雑草を畝の間に置く。今日刈った草は細断して放置。チューリップも出てきたが、カラスが食うのには困る。ネギも元気になってきた。タマネギ、ニンニクも初夏には採れそうだ。菜の花がきれい。ブロッコリが収穫l期を迎えている。だんだん畑も春めいてきた。(2023年3月5日)

やってはいけない

やっちまった。おいしそうだったので、つい買ってしまったのが紙パックの日本酒。これを飲るようじゃ、人間おしまいだと思っていたが、とうとうやってしまった。北関酒造(栃木)の「北酒場」と「ヨイトマケ」。それぞれ「生貯蔵酒」、「原酒ふなしぼり」とパッケージに書いてある。これは魅力的。ストローで飲むのだが、けっこういける。人間一皮むけたようである。(2023年3月4日)

過去をふりかえるとき

いよいよ定年まで一月をきったところで、最終講義の手順の報告が来た。否が応でも過去を振り替えざるを得ない。経歴紹介の文章をみたら、博士の学位を授与した学生は30人だそうだ。数えてみたら確かにそうだ。でも学位を出せなかった学生もいる。自分は厳しすぎただろうか。結果を通知するときのつらさは二度と経験したくない。論文数は144編だそうだ。数字の業績評価には逆らってきたので、数にはこだわらずに来た。自分で最後に論文を書いたのはもう20年近く前。最近は査読無しで自由に書ける記事で主張を行ってきた。こちらの方が自分としては満足度が高い。それも終わり。春からは現場で、実践し、"ひと"とつながっていきたい。今日は午前中のオンライン会議に自宅で参加した後、印旛沼周辺を巡って遅く大学に出勤した。台地の畑の風景はいつ見ても"こころ"が和む。そんな"ひと"と自然が織りなす世界で暮らしていきたい。(2023年3月1日)

ネモフィラの青

朝、出勤する前に温室をのぞいたら、ポットまきのネモフィラに小さな花が一輪ついている。ネモフィラの青はほんとうに美しい。暖かくなったら移植しようと思っていたので、この週末には外に出そうか。寒咲の菜の花が咲いている。チューリップも頭を出した。うちの畑も少しずつ春が進んでいる。(2023年2月24日)

若いときの燃焼

劇場版BLUE GIANTを観た。ビッグコミックで読んでストーリーは知っていたが、改めて感動。雪祈の事故はどうかストーリーが変わっているようにと祈った。しかし、宿命は変わらなかった。大のサックス、玉田のドラム、雪祈のピアノ。若い頃の自分はこんなに熱い心を持ったことがあっただろうか。フワフワと中途半端に生きてきて、なんとなく今に至った感じ。運が良かったのだろう。若いときに挑戦した人間は、老いたときに心が穏やかに違いない。若い頃に燃えなかった自分は、その報いを受けているのかなぁ。ジャズは昔から好きで、LP、CDはたくさんもっている。最近、新しい音楽を聴いていない。また音楽探しをはじめようか。そういえば、ジャズギターをやるつもりだった。また練習をはじめようか、と思ったのは何十回目だろうか。音楽はいいよな。でもギターはうまくなるどころか、後退している。定年も近いし、修行する時間はやってくる。老いを乗り越えることはできるか。(2023年2月23日)

仕事のキャパシティー

最近の自分は仕事をこなすキャパシティーがずいぶん小さくなった。若い頃はたくさんの仕事を同時進行させることができたが、老いた今はひとつの仕事でも集中を持続させることが難しい。いろいろなことを知りすぎて心を無にすることができなくなったのかもしれない。仕事の意味を後で問うことができなくなり、仕事中に思いが発散してしまう。それはそれで成熟したということだろうか。いやいや単に怠惰になっただけかもしれない。もともと怠惰な性格だったんじゃないの、という心の声も聞こえてくる。こんなふうに時間が過ぎていき、仕事が進まないことでまた心がしぼんでしまう。はやく楽になりたいもんじゃ。(2023年2月21日)

怒らない

世の中苦しいことばかり。だから釈迦を慕うたくさんの人々が苦しみから逃れる術を考えて加上してきたのが仏教。その教えの一つが"怒らない"ということ。怒りは心をむしばむ。怒らなければ心は平穏だ。なかなか難しいことではあるが、怒りがこみ上げてきたときには相手の背後にある事情を理解しようとするとだんだん落ち着いてくる。それがエンパシーというものではないか。ブレイディみかこ氏曰く"エンパシーは訓練で身につく"ということばが勇気を与えてくれる。とはいえ怒りをおさめた後のアクションこそが難しいのだ。解脱まではまだまだ遠い。(2023年2月20日)

遠くの悲しみ、苦しみ

世界中の悲しみ、苦しみがニュースとして届く。戦争、紛争はなんてばかばかしいものなのだろうかとは思っても、ニュースにふれるだけでは他人の苦しみ、悲しみを消費しているだけだ。それとも知ることに意味があるのだろうか。そう信じつつ日々のニュースにふれる。人生とはなんて不平等なのだろう。争いは人間の性なのか。いやいや時代の精神的習慣なのだから変えることもできるはずだ。そのことを信じるということがまず必要だ。(2022年2月19日)

問題解決の手続き

地球研終了プロジェクトセミナーで、谷内先生による琵琶湖流域の話を聞いた。水田の代かき期の濁水問題からの知見として、問題解決のためにはステークホルダーに対する合理的説得、情動的説得それぞれ単独ではだめという話があった。結果が異なってしまうとのこと。科学的合理性だけではだめ、ということは福島でも実感したことである。合理性の他にふたつの基準が必要だ。谷内先生のいう情動的説得とは共感(エンパシー)の醸成ではないか。合理的説得と情動的説得の二つをつなぐためにはバウンダリー・オブジェクトが必要とのことで、「生物多様性」が選択されたという。福島や印旛沼でバウンダリー・オブジェクトに相当するのは「社会のあり方」の共有だろう。合理的説得、情動的説得、バウンダリー・オブジェクトは自分が諒解の形成のために必要な科学的合理性、共感、理念と呼んだもの、合意形成論では有用基準、共感基準、原則基準に相当するだろうか。バウンダリー・オブジェクトは印旛沼流域では「ふるさと」だと考えた。印旛沼では三つの基準はある程度達成されたと考えている。しかし、当初の目的である沼の水質改善は達成されていない。そのため目的自体が変質してきたわけだ。それは「地域づくり」であり、「ふるさと創生」である。水質改善に対しては遠回りの解決策になる。印旛沼流域ではトランスディシプリナリティーはある程度達成できている。変質した目的の達成には時間がかかるが、すでに動き始めている。(2023年2月16日)

アデニウムの花

ようやく一輪の花が咲いた。アデニウム(沙漠の薔薇)は昔、北イエメンに行ったときにポスターで見た植物。ソコトラ島に自生するアデニウム・ソコトラナムだったと思うが、サルスベリのようなツルツルの樹皮をもつ寸胴の幹にピンクの花が咲く、その姿に魅せられた。育てているのはアデニウム・アラビカムで、タイで品種改良されたという。鮮やかな赤い花がかわいい。なんとなくほっこりする。年寄りの趣味だと言われそうだが、盆栽も楽しいもんだ。実際に年寄りになったのだから、堂々と楽しもう。(2023年2月15日)

苦悩と楽観

戦争、災害、...この世には苦悩が満ちあふれているなぁ。命の危機、暮らしの危機、人間としての尊厳の危機、様々な危機に直面したたくさんの人々がいる。自分の苦悩とは比較しえない苦しみが世に満ちあふれているのだが、苦悩は楽観によって乗り越えられるのではないか。自分の苦悩はその程度のものということでもあるが、前提には宿命(しゅくみょう)という考え方がある。まず人生を受け入れ、今を粛々と生きるのだ。今を生きることの尊さは多くの哲学者や宗教家が語っている。それでも辛かったら宿命転換という考え方がある。未来は変えることもできるのだ。ただし、未来を進歩の先にとらえるのは一神教の習慣だ。変わらない未来があってもよい。人、自然、社会の関係性の無事がずっと続くとしたら、ほかに何を望むだろう。それが定常社会のありかたではないかなぁ。(2023年2月14日)

幸せと不幸せ

夜、暖かいお風呂にどっぷりと浸かる。ウクライナや、トルコ、シリアの被災地は寒かろうなと思うと申し訳なく思うのだが、この一瞬は至福のひとときである。しかし、心の中にはたくさんの葛藤も存在する。安穏な幸せではない状態も自分の中に存在する。完全な幸せ、完全な不幸せなんてものはなく、ひとは幸せと不幸せの間をゆらゆらと揺れ動いている存在なのではないか。幸せがほんとうに幸せなのか、不幸が実は幸せの先駆けなのか、そんなこともわからない。自分が幸せかどうか、という問いが成立するためには、自分の人生に対する諒解が必要だ。諒解があれば、今の自分を位置づけることができる。その位置から幸せを考えればよい。(2023年2月13日)

楽農報告

今週末は春作に備えて、土作りが中心。三本鍬を振り回し、上半身がヘロヘロになったが、身体を作っておかにゃ楽しい老後はない。サヤエンドウを3株移植。ニンジンもちょっと蒔いておいた。かみさんがモロッコが好きだというので、10粒をポットに蒔いて温室に置く。一袋の種が多すぎるので、時間差栽培で収穫期を延ばしたい。昨年の佐倉大産業博でもらった矢車草の種もポット蒔きしておいた。刈った雑草は粉砕して、近いうちに畝に置く予定。種から育て、2年経過したアデニウム・アラビカムに蕾を発見。ここまで長かった。感動。堆肥を買いに行ったホームセンターでボケの盆栽鉢を発見。蕾がたくさん突いている。楽しみ。昨秋購入したボケ苗は高かったが、季節になると安くなって出てくるもんだ。庭のキンカンの剪定を兼ねて収穫。このキンカンは移植した当初は30cmくらいの苗だったが、それが背丈以上に成長し、毎年甘い実をつける。かみさんがジャムに加工。畑にかける時間もだんだん増えており、老後生活の充実に向けて加速中である。82023年2月12日)

生活知の喪失か

今日は大雪とのことで、テレビやWEBには雪に対する注意事項があふれている。そんなことは誰でも知ってるやん、と思うのだがどうなのだろうか。わかっていることでも報道によって実践されるという効果があるのだろうか。それとも雪への対処の仕方がわからない人が多いのだろうか。そうだとすると人が成長するにつれて身につけるはずの生活知が現代社会では失われたということだろうか。それは都市市民の問題だと思うが、都市では人と自然の分断がこんなに進んでしまったのだろうか。そんなことでは縮退の時代に対応できるか心配。いろいろな事に自分で対応する必要性がこれからは増えてくるに違いない。自然と共に、経験したり、学びながら身につけていく生活知を蓄積していくことが大切な時代になったのではないかなぁ。(2023年2月10日)

自分の実践

西国の研究所の3日間にわたる委員会が閉幕し、同時に6年の任期を終えることになった。なかなかハードな仕事だったが、おもしろくもあった。最後の挨拶で感じていたことを述べた。まず、プロジェクトごとに世界観の違いを感じることがあったこと。物理で駆動される一つのグローバルという世界観と、相互作用するたくさんの地域がはいっている容器としてのグローバルという世界観。どちらが良い悪いということではなく、両方を受け入れる感性が必要なのだと思う。とはいえ、環境問題が文化の問題であり、文化が地域における人、自然、社会の相互作用の中で時間をかけて生み出されるものとすると、入れ物としてのグローバルの方がしっくりと理解できると思うのだ。また、国際連携を重視するというが、それは異なる文化のもとにおける同因の環境問題のあり方を理解するということになる。世界観に関する議論がこの研究所で深められているだろうか。外部からはよくわからないのだが、見えにくくしている要因もあると思う。それはプロトタイプサイエンスの評価軸で、トランスディシプリナリティー(TD)サイエンスが評価されるからだ。TDサイエンスの評価軸を独自に打ち出しても良いのではないか。それは現場、実践、ネットワークが3本柱になる基準になるはずだと自分としては思う。このことを打ち出すためにも世界観の共有が必要だ。現場、実践は維摩経、華厳経の教えでもある。それらの営みのネットワークを作ることが地球環境学の確立につながるのではないか。最後の挨拶で、退任、定年後は木こりになると宣言してしまった。木を伐り、炭を焼く営みをカーボン・ニュートラルにつなげたい。これが自分の実践のひとつである。アカデミアから少しずつ離れつつある。(2023年2月9日)

楽農報告

今日は立春。まだ寒いが春の兆しはそこここにある。少々早いがジャガイモを植えることにする。ホームセンターで男爵を入手し、24株を植え付け。これで安心。暖かくなれば芽が出るだろう。この時期、畑に彩りがないので、ビオラ、パンジーを4株移植。少しは色がついて心が和む。空が青い。関東の冬は良い。外で椅子に座ってのんびりしたいものだが、やるべき仕事が気になって落ち着けないのだ。だからといって仕事に集中もできない。メンタルが大分弱っているな。来週は西国に出張。この仕事が終われば大分楽になる。思い描いていた暮らしに少し近づく。(2023年2月4日)

のどか

この言葉と、その感覚には長い間ご無沙汰していた。朝日夕刊の谷川俊太郎の詩「のどか」を読んで思い出した。みんな同じ思いなのだろうな。谷川さんの詩でブラウニングを知った。「全て世は事もなし」(All's right with the world)。これは内山節の「自然の無事、人の無事」と同じだろうか。無事(事も無し)は一直線の時間ではなく、繰り返す時間の中にある。進歩をめざし、競争する直線的な時間の中にはのどかはない。のどかを感じるときは、こころが平穏であるときでもある。平穏は自然とともにある暮らしの中にある。そこには農の営み、すなわち自然と一体になって相互作用しながら糧を得る営みもある。そして、ひととともにある暮らし。すなわち、共同体の存在があるのではないか。それは内山節が言うように、生者だけではなく死者とともにある暮らし。ひとだけではなく自然も共同体の一員である。のどかを取り戻すことが、これからの時代の課題だ。(2023年2月1日)

環境問題の解決と時代の精神

地球環境問題を扱う研究所の文書を読み込んでいるところなのだが、どうしてももやもやが晴れない。もう何年も関わり続けているのだが、その思いは相変わらずだ。研究プロジェクトの目的は研究そのものなのか、問題解決なのか。問題が対象なので、解決への道筋を示さなければ意味がない。めざすところは問題解決であるはずだ。地球環境問題へのアプローチにはグローバルとローカル、トップダウンとボトムアップ、あるいはマクロとミクロの視座といった二つの道筋がある。前者は第三者の立場から問題の大枠を認識することができる。しかし、問題の解決には遠い道のりではないか。問題解決の営みには現場における新しい時代の精神の底流の構築が前提として必要だ。前者の道筋では問題に対して人は傍観者、情報の消費者の立場になりがちである。後者の道筋では問題をわがこと化できる現場で人と問題に対峙しながら、解決あるいは諒解を探索し、その成果を他の地域と共有し、その思想を時代の精神として広めていくことができる。そうなって初めて問題の解決が見えてくる。個々の現場における実践と現場間のネットワークが必要で、その上でアカデミアによる総合化、地域ごとの事例のメタ解析による問題の昇華ができれば研究は達成だ。二つの道筋は両方とも大切であり、そのことを意識しながら自分のできることを実行し、両者を接近させる努力が必要だ。もちろん、プロジェクトとしてはどちらかの道を担うことになるだろうが、全体を見通して自らの道の位置づけはしっかりしておかねばならぬ。さて、明日が暫定の締め切り日なのだが、考え続けているともう間に合わない。しょうがあるまい。こういう仕事は早く卒業したいものだ。(2023年1月31日)

楽農報告

この週末は天気が良かったなぁ。関東の澄み切った冬の青空が好きだ。はるか上空を雁のV字編隊飛行。いとをかし。ひょっとしたらカワウかもしれんが、雁であってほしいと思うのはカワウには失礼かもしれん。今日はジャガイモ移植の予定地に堆肥を入れ、三本鍬で耕起。来週以降に移植したいのだが、昨年は男爵の種芋を買いそびれてメイクイーンだった。うまかったが、今年はホクホク系の男爵にしたい。シュレッダーブレード用に36Vの刈り払い機を導入したのだが、振動が大きすぎる。やはり、純正のブレードを使わにゃあかんようだ。その後は草取り。刈った草は細断して、後で畝の間に置くつもり。なるべく浅耕不耕起に近くしたい。そんなに長い時間ではなかったが集中できた。最近メンタルが少しおかしくなってiいる。畑作業は良い気分転換じゃ。定年まで2ヶ月。人生転換の移行期間。(2023年1月29日)

同じ想い

また同じ想いの表現を発見。朝日夕刊の福島記者の「斜影の森から」より。詩人石川逸子の「風」の一説。遠くのできごとに/自分は美しく怒る。作家山田詠美のエッセー集から。ヒューマニズムは、自分と関係のない場合にだけ、熱く語られる。エリック・ホッファーはこう言う。人類を全体として愛することのほうが、隣人を愛するより容易である。問題を語る人間はエリートであってはならぬ。現場における実践がなきゃあかん。そうでなければ黙ってろとは、高木仁三郎が引用した萩原恭次郞の詩だ。無言が胸の中を唸っている/行為で語れないならばその胸が張り裂 けても黙ってゐろ/腐った勝利に鼻はまがる。とはいっても、行動には勇気が必要だ。(2023年1月27日)

「NEXT GAFAはグリーンテック」か

NHK NEWS WEBで見た記事。あれほど勢いのあったGAFAですが、相次いで大規模な人員削減が報道されています。GAFAを辞めた社員たちはどこにいくのか。そのひとつがグリーンテックだそうです。すなわち、環境問題を解決する最新の技術や製品の開発。それは重要で、ぜひともそんな技術があってほしいと思うのですが、これまでのGAFAのように大量の貨幣の獲得につながるだろうか。GAFAは世界が成長基調にあるときに機能するビジネス集団であり、低成長、縮退の時代にはそんなにうまくいかないのではないか。社会のあり方を変えずに、解決をIT技術で図ろうとする方法は根本的な環境問題の解決につながるとは思えないのだ。環境問題の解決とは人間の生き方の変更である。近代化された現代社会に暮らす人々の精神的習慣の変更を伴うはずである。今の楽な暮らしを変えたくないという欲望のみがグリーンテックの駆動力であるならば、うまくいかないだろうな。これからの時代に求められるのは、自然と共にある暮らし、農ある暮らし、ひととともにある暮らし。現代人も少しずつ気付きつつある。そんな暮らしを可能とする社会になれば、経験的、伝統的な知識でも十分暮らしていける。最近、バッテリー駆動のガジェットに凝っているのだが、こういう分野は可能性があるかも知れない。チェーンソー、刈り払い機、ジグソー、ドリルなど、だいぶ揃えてしまった。前提は作業を自分でやるということ。人間に代わって思考する、動作するような機器はいずれ廃れるだろう。さて、未来はどうなるか。予言しつつ余生を送ろうと思う。予想が違っていたら、こりゃまた失礼いたしました、と言って旅立つことにする。(2023年1月26日)

「優しく強く」ありつづけることの難しさ

ニュージーランドのアーダーン首相の辞任は残念なことやな。朝日朝刊の「天声人語」では辞任について「優しく強く」ありつづけることの難しさを語っている。優しさと強さは両立するはずや、という理想が現実に負けてしまったということや。大衆にとって一番大切なのは暮らしやさかい、暮らしが脅かされると理想は二の次になってしまうのは致し方ないのや。でも、それでは世の中は良くならへん。大衆が理想のために忍耐できるようになるにはどうすればええんか。学術は役割を果たせるとは思います。ただし、高みから理想を発信して自己満足するだけではだめや。主張を政治にぶつけて丁々発止の議論ができなくてはだめなんや。そのためにも学術の中で価値、豊かさ、幸せといった概念に対する徹底的な議論をやっておく必要がある。もうひとつは現場で実践することや。問題の解決を共有してステークホルダーのひとりとして行動するのや。論文とか地位、名誉なんてもんは関係ないで。目的の達成こそが重要なんや。実践の場では「優しく強く」ある必要がある。難しいが、問題の現場におれば「強く」なることもできるのではないやろか。ひとがいる草の根の現場では「優しく強く」なれるんや。そやさかい、社会の変革っちゅうもんは現場における大衆の運動から始まるのや。自分は現場におろうと思う。(2023年1月26日)

祝高齢者の仲間入り

生産年齢人口から離脱。老年人口に入る。高齢者の仲間入りだ。日本は人口減少の段階に入っているが、老年人口は増え続ける。内閣府によると老年人口も減少するのは2040年以降らしいので、そこまでは生きておらんだろう。この新たな時代を若者ともうまくやりながら、年寄りの活躍できる時代にせにゃあかんな。年寄りは知恵があるからの。と勝手に思い込んでいるだけかも知れんが、まずは行動じゃ。この縮退の時代にうまくやっていくための都市と郊外の関係がなんとなく見えてきているのじゃ。実践している方々とも出会っている。この動きを育てていかねばならん。まずは体力作りじゃ。最近、すっかり衰えてしまったが、まだいけそうな気がする。これまでの柵を断ち切って、新たな世界に飛び込むのじゃ。それはオルタナティブ・サイエンスの実現でもある。(2023年1月23日)

幸せとは人生を諒解すること

今日は佐倉の青菅地区で竹の伐採をやってきた。刈り取った竹は次回のクルベジのイベントで竹炭にして、J-クレジット化される。カーボン・ニュートラルをめざした草の根の活動であるが、クルベジの活動は良いことだからやってね、と言ってもムーブメントにはならない。地べたにおける取り組みから少しずつ広めていくしかない。もちろん自分は賛同して活動に参加している一メンバーにすぎないが、里山に入る機会が得られることは人生を充実させるのだ。丸々3時間、レシプロソーで竹を切りまくったが、竹用に準備した刃を2本折ってしまった。切り込みの角度が悪いと刃を挟んでしまうのだ。慎重に倒れ込みの方向を確認しながら刃を入れるか、クサビを用意するか、あるいは樹の伐採のように追い口、受け口をしっかり入れて切れば良かったのか。まだまだ初心者。今日はがんばりすぎたようで、身体がガタガタ。でも、竹がなくなって空が見えるようになるとうれしい。ログハウスを建てようか、なんて話が出ると心が躍る。もうすぐ定年。幸せってなんやろか。こんなことが気になる。幸せというのは自分の人生を自分で諒解している状態なのではないか。現役生活で身についた柵はうち捨てて、死ぬまでの人生を楽しみたいものよ。(2023年1月22日)

国と現場とアカデミア

全国内水面漁場管理委員会連合会東日本ブロック協議会というものがあり、千葉県からも意見を出せるとのことでした。そこで、原子力災害への対応においてアカデミアにおける研究成果が現場に十分伝わっておらず、両者をうまく繋ぐ仕組みが必要との意見を述べた。それが千葉県提案に反映されたのだが、福島県は効果的な対策を検討するには、時期尚早との意見だった。対策となると除染ということになり、それによる環境への影響、損失を福島県は懸念しており、岩手県も同意している。岩手県はさらに国による河川・湖沼を除染対象外としたことの丁重な説明、内水面漁業への影響が極めて小さいことの国民への周知、漁業再開への具体的な支援策の検討と実施といった文言に代えてはどうかとの提案をしている。これは国と現地の認識に隔たりがあると思量されることに基づいている。まさに国と現場の分断を表している。政治は国の存続のために「責任倫理」が必要だというマックス・ヴェーバーの考え方に囚われすぎではないか。「心情倫理」を重視すべき時代に入っているのではないか。国と現場の自治体は互いにエンパシーを持ち、善と悪を相対化し、よりよい未来を構築すべきではないか。その時にアカデミアがコーディネーターとして機能できるのではないかと思ったのだが、現場の“こころ”は奥深く、アカデミアにはコーディネーターとしての力は不十分であったことに気がつくのである。(2023年1月17日)

無私であること

編集委員の曽我豪氏による朝日朝刊のコラム「日曜に想う」に小林秀雄の「無私の精神」からの引用がある。「『典型的な実行家』だった有能で無口な実業家を回顧して『口癖が二つあった』と記す」という。それは「誰かが主張する意見には決して反対せず、みんな聞き終わると『御尤も』と言った。自分のことになると、弁解を決してしない、『御覧の通り』と言った」とのこと。コラムではこの実業家が誰かはわからないが、渋沢敬三ではないだろうか。民俗学者の宮本常一の「民俗学の旅」に渋沢敬三の言葉としてこうある。「大事なことは主流にならないことだ。傍流でよく状況を見ておくことだ。舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。その見落とされたものの中に大事なものがある。...自分がその場で必要をみとめられないときはだまってしかも人の気にならないようにそこにいることだ」と。通じるものがあるような気がする。小林秀雄はこう思考したという。成功する人は「強く自己を主張する人と見られ勝ちだが、実は、反対に、彼には一種の無私がある」。そして「現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人」が有能な実行家であり、それが「一種の無私である」と。これは「保守派と進歩派との対立」の空虚さを突く時評であったと曽我は書く。今、政府と学術会議が対立しているが、「無私」であることが大切なのではないだろうか。(2023年1月15日)

明治以降の知識人のもっとも悪いところ

高みからカッコいいことを発信して自己満足するだけの人にはなりたくないと常々思っているが、それこそは明治以降の知識人のもっとも悪いところだという。哲学者の内山節が昔、ある明治の知識人についてのシンポジウムに依頼されて参加した時のこと。あるパネリストがその明治の知識人を賞賛した発言に我慢できなくなったという。詳細は内山節著「いのちの場所」の第4章をご覧ください。知の高みにいる人の、けっして泥と汗にまみれて働く人を見下してはいけない、という倫理観がその人の素晴らしさとして自他共に認められている。しかし、その人たちが泥と汗にまみれて働くことはない。泥と汗にまみれる人たちは、その人たちの意識の外側にいるのである。これは現代人のもっている一面を明示しているのでいやだと内山は言う。まったく同感だ。では江戸時代まではどうだったのだろう。仏教の教えに対する信と行に裏打ちされた実践が大衆に身についていたのではないか。思えば明治維新とは日本人がその精神的よりどころを失った、あるいは強制的に変えさせられた、時代の一大変換点だったのではないか。今、学術会議が政治による支配の圧力にさらされ、日本の学術が危機に直面しているところであるが、その遠因は明治にあったのかもしれない。学術の価値は時代を背景として移り変わる。モード論で記述すると、富国強兵の時代はモード1が機能した。では、現在はどうか。社会が必要とする学術はモード1からモード2に重点が移っているのではないか。しかし、政治家も研究者もそれに気がついていない。世代による慣性があるからだろう。少しずつ見えてきた時代の底流にいち早く気付き、奔流にしていかなければいかんが、それは高みにいてはできないのではないか。そんな気がしている。(2023年1月14日)

楽農報告

今日は天気が悪いので畑作業は休み。Youtubeで「岩手県二戸市のパワーツールの専門店ひぐひぐチャンネル」を見た。シュレッダーブレードの解説。やはりそうだった。18V仕様の刈り払い機では強度とパワー不足。事故の可能性があった。シュレッダーブレードは草用。倒れた草を粉砕するもの。竹や笹はダメ。土も耕しちゃダメ。こういうガジェットは学んで使わないとあかんな。経験知を積み重ねていくところに楽しさがあるが、事故は避けねばならぬ。ホームセンターにはジャガイモの種芋が出回っている。まだ早いじゃろ。来月やな。(2023年1月14日)

疲れるHonest Broker

最近は金曜の夕方になるとほっとする。心身を休めることができる週末が待ち遠しいのである。頭痛と耳鳴りは以前よりひどくなっている気がする。あちこちの関節も痛む。いつも脳みそに霧がかかっているのだが、なんでやろな。大学やアカデミアの精神的習慣がうっとうしいのである。今日はある成長を前提とした巨大事業の技術的課題に関するヒアリングがあった。Honest Brokerのつもりで客観的に意見を述べたのだが、自分が思う未来のあり方とはコンフリクトしてしまうのである。事業の背後にいる別のステークホルダーの存在が気になる。Honest Brokerはすべてのステークホルダーに対して開かれていなければならない。とは思うが、そんな存在はめったに見つかるものではない。凡人がHonest Brokerになろうとするとエリートになってしまいがちだ。でも、環境問題に関わる科学者はエリートの側にいてはあかんと思う。定年がますます待ち遠しい。Issue Advocateとして地域で実践に取り組みたいものだ。ひとは同じ価値観をもつコミュニティーの中にいるときが最もこころが安まるものだ。(2023年1月13日)

地べたの抵抗

ブレイディみかこ氏の欧州季評(朝日朝刊)にはいつも納得させられる。貧困は人権の問題であり、英国に住む人間はもう10年以上も経済的弱者の人権が無視されている状況を見てきたという。今、英国ではストライキが続発しているが、それは人々が抗う姿である。英国で増え続けるフードバンクや貧困者支援の輪、地域での助け合いの活動も地べたの抵抗運動であり、国を動かす立場の人々にこう告げているという。「社会とはこうやって存続させるのだよ、馬鹿者が」。馬鹿者とは1992年の米大統領選でクリントン陣営が使った有名な言葉「要は経済なのだよ、馬鹿者が」から。しかし、「要は経済」を戦略とする時代は終わり、貧困は切実な現実問題となった。さて、どうするか。みかこ氏のコラムは「おそらく次の時代は、この抵抗の中から始まる」で締めくくられている。これこそ、維摩経、華厳経の精神だ。真理は現場にあり、実践で到達するものだ。切実な問題への対応として、社会の底流には政治に先行する現場の意思が芽生えているのだ。そこを見極め、自分の行動につなげなければあかんな。(2023年1月12日)

環境文化とは

環境文化という言葉について調べていて古い論文に出会った。1997年の環境社会学研究に掲載された吉兼秀夫の「フィールドから学ぶ環境文化の重要性」。環境文化とはその地域の人間が学習してきた環境に対する作法といえるもの。環境保護活動とは環境文化の忘却に対する記憶の戦いであり、環境文化の喪失によって失われたものの復活ののろしである。あぁ、そうやな、と思う。人、自然、社会の関係性が環境の本質であり、それぞれが無事であるための作法が地域ごとにあるのだ。文化とはもともと地域において長い時間をかけて培われてきたものだ。だから、環境文化は地域ごとに存在するものだ。下総台地にも環境文化と呼べるものがあったはずだ。それは台地と谷津におけるひとの暮らしと生態系であり、その起源は墨古沢遺跡の3万4千年前に遡る。縄文、弥生を経て歴史時代の中で環境も変わったが、谷津の里山の環境文化は確かに存在した。失われた台地の環境文化を成熟時代の作法としてよみがえらせたいものよ。(2023年1月10日)

森と関わる脱炭素への道 

未成立団体(まだ正式に発足していない)のユーカリチェーンソー倶楽部の仕事で佐倉市立小竹小学校のプラタナス6本の伐採作業に出かけてきた。落ち葉の苦情があるそうだ。日本人から風流の感覚が失われているということだろうか。寂しい気もする。樹に御神酒と塩を献げ、祝詞を唱えた後、作業に入る。私は老体なので枝打ちを中心に作業したが、一本を伐採させてもらった。幹に受け口、追い口の順で切り込みを入れ、ロープで引っ張り伐倒。きちんと伐採したのは今回が初めてだったのだが、チェーンソーを入手した当初、径20cm位の雑木を倒したことが最初の伐採であった。まったくの素人が初めてチェーンソーを手に入れてやった作業が杉の輪切りと雑木の伐倒だったのだが、今回は手順を教えて頂きながら作業をし、安全管理も学ぶことができた。いずれ正式にチェーンソー講習をうけたいものだ。歳をとると注意散漫になり、今回も枝打ちの途中で太い枝が足の上に倒れるという隠れ事故があったが、安全長靴だったので難を逃れたのだ。自分のチェーンソーは使い方が悪く、刃がガタガタ。研いで頂き、何とか作業を終えることができた。野の作業は道具をしっかりメンテすることが重要なのだが、それも楽しい作業である。森と関わるカーボン・ニュートラル、カーボン・オフセットの実践が始まっている。自然と係わりながら暮らしたいものだ。(2023年1月9日)

楽農報告

不耕起栽培に移行したいと思い、シュレッダーブレードを購入。まずはお試しということで、アマゾンで純正品の半額以下の商品を購入。ところがどうもうまく回転しない。重すぎるのかも知れない。それでも試しているうちに何とか回り始めるが、回転が上がるとモーター部分が振動する。乾いた固い茎に当たるとすぐに止まってしまう。これは刈り払い機を壊してしまうかも。スピードは低速のレベル1で、雑草の粉砕のみに使うのが良いようです。それでも雑草を見事に粉砕でき、飛び散った破片はいずれ土に戻るだろう。使い勝手は良いので、いずれ耐久性の高い刈り払い機と純正品を導入することになるかも知れません。有機物に富んだ土作りはカーボンニュートラルにも貢献できそうです。(2023年1月7日)

学術の危機・日本の危機

政府は23日から始まる通常国会において学術会議改革に関する法案を提出するとのことだが、その内容が直前まで公開されなかったため、学術会議は対応に追われているところ。学術を矮小化し、経済成長の道具にしようとする政治家の浅はかさはまことに残念な思いであるが、国会に提出されたらアウトという状況がだんだん見えてきた。自分としては、まず総合科学技術・イノベーション会議の改革が必要で、イノベーション会議が“わかっていることの社会実装”を担い、学術会議が“わからないことの解明を行う”という役割分担をはっきりさせることができれば良いと思っていた。しかし、それは理想にすぎず、政治家の“支配”に対する欲望であることがわかってきた。学術会議改革法案が成立したら日本の学術は世界に対してはるかに遅れをとることになる。日本の危機である。こんな時はどうすればよいか。正義と悪を絶対化しないことが肝要だ。学術会議は政府の考え方の背景を見極め、社会に対する学術の役割をしっかり主張し、大衆の支持を得なければならない。そのためには多少の痛みも伴う。それを受容し、学術を国家におけるインフラにしていく努力が必要だろう。それには"honest broker"(Pielke,2007)が必要だ。さて、厳しい道のりですぞ。 (2023年1月4日)

もりのじかん

印旛沼探検隊がクラウドファンディングで作成した絵本「もりのじかん」が届いた。住所を間違えて、正月に仕事をさせてしまった-反省。子どもたちと一緒に森を散歩する活動から思い立ったという。オバコさんの才能としんちゃんの情熱はすばらしい。 絵本というのは子供の感性を育むためにとても価値あるものだ。 感性は生きていく力になるから。時代は不透明になり、子どもたちの未来も見通しにくくなっている。世の中を変えにゃあかんが、世の中が変わるには30年、40年かかる。でも、長く生きていると30年、40年はあっという間であることもわかった。だからこそ、地道な取り組みをやっておくことの大切さがよくわかる。子供たちに残したいことのひとつは「自然とともにある暮らし」。自然の消費者ではなく、「ともに生きる」ということを感じる子供が増えると世の中は変わっていくのではないだろうか。(2023年1月3日)

備忘録

昨日に続いてTakamine PTU108-VNの弦交換。なんと前回交換は2020年6月27日でした。D'Adario XTコーティング弦は結構よかったが、2年半は長すぎた。Furchと同じElixirの弦に交換。いやいや全然音が違うわい。ギターは復活したが、腕はある時期から上達しなくなっている。やはり、一番大切なことは練習の時間だろう。定年後はじっくり練習に取り組むことができるだろうか。心を豊かにする時間をたっぷりとりたい。(2022年1月3日)

老いてこそ“ひと”

正月なのだがやらねばならぬ仕事が気になり、まったりできぬ。損な性格じゃ。メンドクサイ症候群に罹患して数十年経つが、最近ますます症状が悪化してきた。今日はまだ正月じゃ。仕事などせずともよい。そこでギターの弦を交換することにした。メインギターのFurch G23-CRCTは手に入れて5年になるが、前回の弦交換は2021年1月23日だった。弦はElixir NANOWEB 80/20 BRONZE EXTRA LIGHT。コーティング弦なので長持ちするはずだが、2年も使っているとさすがに音色は鈍くなっているはずだ。気持ちを奮い立たせて交換。やっぱりいいわ。人間もパーツを交換して軋みをなくすことができれば良いのに。いやいや、老いてこそ“ひと”になるのだ。(2023年1月2日)

新年を迎えて

2022年は世界だけでなく、自分自身にもいろいろなことがあった。悪いことはたくさんあったが、良いこともあった。ほんとうにお世話になりました。ただし、変人の自分は十分な礼をもって応えていないと思います。しょうもないやっちゃ、です。変人だからと屁理屈をこねて自己正当化しているのですが、尊敬する変人は鴨長明。長明さんの随筆は自己正当化型といわれているらしく、自分と同じなのでファンである。今でこそ有名人ですが、長明さんがそばにいたら、めんどくさい奴だったろうな。長明さんは享年64歳、日野の方丈に入ったのは54歳。私は十分歳をとった。変人の一人、西行さんが「願わくは...」の詩を詠んだのが64歳。私は何も創っていない。変人といえば兼好法師を忘れてはならぬ。兼好法師がなくなったのは68歳だというが、自分もあっという間に68歳に達するだろう。徒然草は書き散らかした原稿を今川さんと命松丸さんがまとめたものだという。自分の散文は誰かまとめてくれんものか。あ~老いた。世阿弥が佐渡に流されたのは72歳だった。世阿弥は佐渡の自然に心を鍛えられて京に帰ってきたという。自分もまだいけるかもしれんなぁ。(2023年1月1日)


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