超学際研究の実現における課題 Challenges to achieve transdisciplinary Studies 近藤昭彦(千葉大学環境リモートセンシング研究センター) Akihiko KONDOH(Chiba Univ.) 環境に関わる研究者として、環境問題を理解し、解決を指向することは、研究者としての重要なミッションである。ここで環境問題とは、人と自然の関係性に関わる問題と捉えることができる。すると、研究者のタスクとして自然のメカニズムの理解だけでなく、“人”を理解することも重要な課題になってくる。従来の狭義の”科学”では対象と研究者は切り離され、多くの研究者は第三者として”問題の現場”の外側から”研究”という行為を遂行している。しかし、現場には環境問題の当事者としての人がいる。これらの人たちが感じる問題は、研究者が想定する問題と同じだろうか。現象を微分的に捉える(ニュートン・デカルト的な)研究者と、あらゆる要因が積分されて出現している問題の渦中に在る人とでは、解決のあり方が異なってくるのではないか。  フューチャー・アースではトランスディシプリナリティー(ここでは超学際と訳しておく)、すなわち様々なステークホルダーの協働に基づき問題解決をめざす。研究者もステークホルダーであるが、問題の当事者としてのステークホルダーと協働することにより“問題の解決を共有”して協働を行う。トランスディシプリナリティーを実現させるためには、ステークホルダーと研究対象との間に存在する“価値”、“哲学”、“心”の壁を乗り越える必要があるだろう。もし研究者の目的が真理の探究であり、科学が価値中立なものであるのならば、解くべき問題の前で研究者は傍観者にすぎなくなるからである。  トランスディシプリナリティー実現のためには、まず世界観、自然観を再検討する必要があるのではないだろうか。世界観には大きく分けて二つがあるように思われる。グローバルを一つの主体と見なす世界観と、グローバルを相互作用するローカルの集合体と見なす世界観、別の見方では都市的世界と農山漁村的社会といっても同じだろう。現実世界にはこの二つの世界が存在しているのであるが、等しく見えているだろうか。超学際研究は、二つの世界の存在を認識することから始めなければならない。なぜなら、ステークホルダー間の価値観、哲学、心の違いは尊重すべきものであり、排斥すべきものではないからである。 近代文明をもたらした科学は、その発展過程で空間と時間に関する概念を捨象してきたといえる。しかし、人の暮らしに関わる問題は、どこで(空間性)、いつ(時間性)生起しているのか、また、多様な要素の間に(多様性)、どんな相互作用があるのか(関係性)を中心に論じられなければならない。超学際研究は地域ごとの問題解決型の研究になり、フューチャー・アースは個々の成果をまとめるフレームとして機能するはずである。普遍性はトップレベルではなく、ベースに置き、その上にある個別性を論じなければならない。 では問題の解決とは何だろうか。現在進行している深刻な問題の多くは、処方箋を見つけて直ちに解決できるものではない。問題の解決とは、問題の理解と、現状に対する諒解、合意形成である。そのための基準として、@共感基準、A理念(原則)基準、B合理性基準、がある。まず、研究者とステークホルダーの間で共感がなければならない。研究者は環境の在るべき姿に対して理念を持つが、当事者にとっては原則基準となる。そして、研究者は科学的合理性、現場のステークホルダーは場合によっては経済的合理性に基づいて現実に対応しなければならない。このような形で諒解、合意を達成することが、超学際研究の目標ではないだろうか。もちろん、その過程で科学の成果が十分斟酌されていなければならない(昨今の“問題”において科学の成果がないがしろにされている例が多分にみられるが、一方、科学の成果だけでは諒解は達成できないことも理解すべきである)。  超学際研究の実現方法について述べてきたが、一般の研究者にとっては敷居の高い行為かも知れない。それは、研究者の人としての生き方に関わってくるからである。問題を超学際の枠組みの中で解決しようとすると、研究者の役割は相対化されてしまう。論文生産が絶対的な評価基準である研究者は苦しい立場に追い込まれる注)。超学際研究には新しい評価基準が必要であり、それもフューチャー・アースの重要な課題と考えられる。 注)背景には評価者の力量不足の問題があるのではないか。 研究者の世界におけるトランスディシプリナリティーの実現は簡単なことではないが、ひとつの考え方としてピレルクの提案したダイアグラムがある。ピレルク(2007)は科学者と政策の関係を科学観と民主主義観から4つのタイプに類型化した。@は純粋な科学者、Aは科学の仲介者、であり政策には関与しない。Bの論点主義者は特定の政策の仲介者、Cは複数の政策の誠実な仲介者であり、包括的な視野を持ち、複数のステークホルダーの立場を理解した政策を提言できる。これは一つの類型ではあるが、フューチャー・アースでは@〜Cの立場を理解、尊重し、個々の超学際研究者はBに属するかも知れないが、フューチャー・アースがCの枠組みとして機能することが超学際研究の実現となるのではないだろうか。あるいは、学術会議や学会がCとして機能すべきなのだろう。  総合大学である千葉大学の中にはすでに多くの超学際研究が進行中である。千葉大学フューチャーアースは協働の架け橋となり、個々の超学際研究の推進を図り、たくさんの実践を行いながら、Cのフレームとして機能することにより、世界のフューチャーアースを先導することができるだろう。従来のビックプロジェクト指向を乗り越え、新たなパラダイムへのTRANSFORMATIONをめざそう。  最後に、環境に関わる研究者の世界は健全だろうか、ということを考えたい。“問題を共有”して、それぞれ論文生産を行う研究者、“問題の解決を共有”して役割を果たす研究者、どちらが社会の役に立つか、という視点はもちろん近視眼的ではある。重要なことは、どちらの立場も尊重して、社会が評価していくことで、研究者のwell beingと科学の社会貢献が達成されることである。