第7回環境公開講座
アジア・太平洋サミットと開発途上国の水問題

近藤昭彦(千葉大学環境リモートセンシング研究センター)

案内(PDF)資料

 はじめに

 案内のタイトルは水不足問題でしたが、サミットのホームページでは水問題となっておりましたので、広く扱うことにしましたがご容赦ください。2007年のアジア・太平洋水サミットは実は私は参加していないのですが、2003年の世界水フォーラムの際は、半月以上も京都に滞在し、アジア太平洋水文水資源協会の設立や、フォーラムでは「アジア太平洋の日」のセッション運営に関わっておりました。

 サミットのホームページ(http://www.waterforum.jp/jpn/summit/issues/index.html)では1.水供給と衛生、2.水と災害、3.水と食糧、に項目が分かれておりますので、ここでも、それぞれ水不足問題、水災害、水と食糧に対応させて話のストーリーを作りました。

 水不足問題

 アジア太平洋地域の水問題は水不足問題と水過剰問題に分けることができますが、後者は洪水として別にお話ししたいと思います。さて、アジア・太平洋地域(以下、主にアジアとしてモンスーンアジアの地域について述べます)について語るときにその特徴を理解しておく必要があります。たとえば、東南アジアは稲作が通年行われ、一年中湿潤な地域というイメージがあるかも知れませんが、最近数十年の間に進行した灌漑排水施設の整備、高収量品種や化学肥料の普及、いわゆる“緑の革命”により乾期作が増えた地域が多く、その前は雨期の一期作が営まれていました。アジアの特徴は実は湿潤というよりも乾燥と湿潤が隣り合っていることだと思います。この観点からは、たとえばチャオプラヤ川流域では乾期の水不足問題が依然深刻であること、中国の始めた“南水北調”の意義、等について理解できると思います。

 このように乾燥・半乾燥地域も存在するアジアでは水不足問題は深刻な課題となっているのですが、水不足問題には二つの側面があります。それは、@水の少ない地域の問題で、まさに降水量が少ないが故の水不足問題があります。しかし、A水の豊富な地域の水不足問題も存在し、それは水汚染が主要な原因になっています。これらの問題について、私の主なフィールドである中国を例にしてお話しする予定です。

 この項では“仮想水(ヴァーチャルウオーター)”についても若干触れたいと思います。仮想水は輸入した穀物等を日本で作った場合に必要な水量ですが、日本の製品輸入により“相手国の水を搾取している”というステレオタイプはないでしょうか。日本はアメリカからの仮想水の輸入が多いのですが、アメリカの農業は市場経済を前提とした産業です。市場経済の仕組みの負の側面として地域の住民が苦しんでいるという構図があれば問題ですが、表面的には経済行為の枠組みで考えればよいのではないかと私は考えています。

 水と災害

 最近はますます地球温暖化に対する不安が喧伝され、気候変動により破壊的な水害が増えるのではないかという声も良く聞きます。そのような水害の最初の例は1998年の長江洪水だったと思います。1998年はそれまでで最も地球の気温が高くなった年でしたので、気候変動の兆候ではないかと考えられたわけです。しかし、この洪水は決して未曾有の規模ではなく、河川工学の立場からは洪水コントロールがうまくいった例と考えることもできます。実は、この洪水は中国が初めてリアルタイムで報道を許可した災害であったため、世界的に有名になり、“環境言説”が生まれたのではないかと考えられます。

 それでも2005年のハリケーンカトリーナは地球温暖化が原因と考える方も多いと思います。しかし、ハリケーンカトリーナは大型ではありましたが、未曾有の規模という訳ではありませんでした。カトリーナ災害という場合、カトリーナの上陸、続いて破堤、住民の避難に手間取っていた間に、つぎのハリケーンリタがやってきて被害を多くした、これら一連の出来事を指します。この災害の重要な教訓は堤防が最大規模のハリケーンを想定して作られていなかったこと、そして住民が自らの暮らす“沖積低地”の性質を知らなかったことという指摘がされています。

 ニューオーリンズは三角州の上に立地した都市ですが、東京の下町低地も同じく三角州の上に立地した都市域です。ただし、東京は十分なコスト、すなわち税金を投じて守られているということを意識しなければなりません。スーパー堤防、高規格の防潮堤、地下貯水池、等々が私たちの暮らしを守っています。人口減少、国力の低下を迎えつつある現在、これらの施設を今後も維持していくことは可能でしょうか。私たちはまずこれらの施設の存在を知ること、そして“文明社会の野蛮人”にならないような教育・啓蒙が必要なのではないかと考えています。

 水と食糧

 この課題は非常に大きなテーマですが、“問題”として捉えると、世界で起こっている出来事を統一的に説明することは困難です。それは“問題”は地域における人と自然の関係のあり方の問題として生じており、地域性により対策の仕方が決まってくると思うからです。ここでは、いくつかの地域について事例に基づき解説をしたいと思います。

 トルファンではカレーズと呼ばれる水利システムによるオアシス農業が営まれています。これは天山の融雪水が流れ込む扇状地の地下水を地下トンネルで導水して灌漑用水として使っています。地上では縦坑が点々と連なる様子がトルファンの風物詩として有名です。このシステムはいずれ内陸湖であるアイディン湖から蒸発で失われる水を利用しているわけですから、自然の水循環の一部を人が強化して水を取り出す持続可能な水利システムといえます。ところが、近年、水中ポンプを使った井戸灌漑により新しい耕地が拡大してきました。また、開水路による河川水を導水した灌漑農地の開発も盛んで、これにより地下水位は下がり、旧来のカレーズは水涸れが増えています。循環している以上に水を使えばオアシスは持続可能ではなくなります。

 一方、近年の温暖化傾向により新彊地域では開水路による導水が増えているように思います。実際、最近の河川流量は増えているようです。これが山岳の氷河の融解によるとすると、いずれ水はなくなります。地域における人の営みに地球温暖化が影響を与えている例かも知れません。

 アメリカのハイプレーン地域は穀倉地帯ですが年降水量は500mm未満の半乾燥地域です。1970年代に地下水を使って穀物生産量は伸びましたが、地下水位低下問題が発生し、地下水利用は制限されました。しかし、1990年頃から灌漑効率の高いセンターピボット方式が普及するとともに、また地下水利用量が増えています。一方、地下水位は低下を続けており、今と同じレベルでのハイプレーン地域の農業が持続可能でないことは明らかです。センターピボットの増加は収益性の高いコーンの収量増加と調和的ですが、バイオ燃料も持続可能ではないかも知れません。

 中国河北省ではレスター・ブラウンが1995年に「誰が中国を養うのか」で警告を発してからも地下水位は低下を続けています。河北省の農業が持続可能でないことは明らかですが、東北地方の農業生産量は伸びており、中国は食糧生産基地を東北に移したのかも知れません。

 世界の農業は市場経済によって動く産業となっています。人間が生きるという営みとは別の原理で動いているという意識は、日本の食糧政策を考える上で重要な観点だと思います。生きるという営みの原点に食があるわけですから、市場経済とは別の枠組みの農業を振興させるべきではないかと私は考えています。

 終わりに

 非常に大切な問題について短時間でまとめて話をさせていただきましたが、水問題・食糧問題は基本的には地域における人と自然の関わりの中で解決していかなければならない問題だと考えています。となると、大所高所からもっともらしいことを述べているだけでは解決には結びつかず、様々な経験の共有、様々な立場の方々との協働が必要だと常々考えております。今後ともいろいろな考え方を学んでいきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。