地下水は環境アセスメント、土木工事、地質汚染、水環境、湧水や自噴井のアメニティー、生態系、地盤災害、地域計画、等々きわめて多くの分野に関わる重要な対象なのですが、昨今の学術の細分化、行政の縦割り等の影響により、地下水の循環を包括的に扱う水文学分野が十分な存在感を示すことができずにいる現状は憂えるべき問題だと感じています。そこで、本講義では地下水循環の基礎をなるべく簡単にお伝えしたいと思います。
難しいと感じる点があるとしたら、近藤の力不足に加えて、環境を構成する諸要素の関係性を探究するタイプの学術が社会に根付いていないことが理由だと思います。現場における事象はあらゆる要因が重なり合って出現します。シャープな専門性は自分がわからない現象はノイズと見なしがちですが、現場ではノイズはシグナルです。現場における事象を本質を見極めるための包括的な視点、広い視野を身につけてほしいと思います。
まずポテンシャル流としての地下水流動の特性を理解してください(理論)。それが現場ではどのように修飾され、現実の地下水の流れとして現れるか(実際)、理解してください。重要な観点は地形と地質です。気候や植生・土地利用も重要ですが、それは次の課題にしましょう。
狭い範囲の地下水流動を扱う場合には地質の構造とその不均質性が重要になります。広域の地下水流動を扱う場合は地形が重要になります。日本のような湿潤地域では地形は概ね地下水面の形状を表します。水理水頭(ポテンシャル)の高い場所から、近傍の水理水頭が低い場所(谷底)に向かう駆動力が生まれ、地質が流れを修飾します。
報告書のために作成した断面が地下水の流動方向を表すとは限りません。事業範囲が地下水流域になるとも限りません。地下水は三次元の領域のなかで、ときには地形の分水界を横断して流動します。常に広域を俯瞰し、地下水の流れを想像できる、そんな力を養ってほしいと思います。
また、地下水の流動、あり方は地域によって異なります。普遍性にこだわらず、地域の特徴を重視してください。普遍性(水は低きにつく)はベースにあるもので、その上にある個別性(地形、地質、気候、植生、土地利用、...)が地下水の流れを決定します。地下水技術者は地域を理解する技術者であってほしいと思います。
1993年から2年弱でしたが筑波大学水文学教室に講師として在籍しました。その時の講義資料ですが、榧根勇先生から引き継いだものをベースにしていると思います。地下水学も当時とは比較にならないほど進歩していますが、地下水流動の現象認識は20世紀までで十分達成したように思います。ただし、地下水流動を取り巻く様々な素過程は十分社会に根付いているとはいえません。参考にしてください。
地下水流動系に関する解説
お伝えしたい点は、透水層、難透水層の互層は、マクロな視点からは透水係数の異方性として表すことができ、異方性(ここでは鉛直方向と水平方向の透水係数の比)が大きくなると、鉛直方向の動水勾配が大きくなるということです。単斜構造を呈する砂泥互層では、地層の傾斜方向に沿って地下水が流動するという言説がありますが、出口がなければ地下水は流れません。地下水は泥層があっても、近傍の低地、すなわち谷底や海に向かって流れます。
環境アセスメントの手続きにおいて、“帯水層が違うから影響はない”との評価結果を何度か目にし、地下水流動系の観点からはその認識は異なり、“影響がないとはいえない”ことを主張してきました。地下水の流れを、地下水流動系の観点から捉える習慣を身につけてほしいと思います。
「近藤昭彦(2012.9):地理学的視点に基づき流域の水循環のあり方を推定する方法、水循環-貯留と浸透、86巻,5-9.」。参考にしてください。講義では地形から水循環を推定する方法について話しましたが、その時に使った阿武隈山地(福島県伊達郡川俣町山木屋)の画像です。 どのような水循環が考えられるでしょうか。
地下水を知るいくつかのポイント
水は水理水頭(hydraulic head)の高いところから、低いところに向かって流れます。水理水頭は位置水頭(高さ)と圧力水頭の和で表され、圧力水頭は大気圧を0(ゼロ)として記述されます。川は圧力水頭がゼロ(大気圧)ですので、水理水頭は高さだけで表されます。だから、川は上流から下流に向かって流れます。では、地下水は?地下の圧力水頭は地下水面より下では正、地下水面の上の土壌水帯では負になります。よって、地下水の水理水頭(位置水頭+圧力水頭)は上向きにも、下向きにも勾配を持つことになります。
地下水面から始まり、地下水面に還る流線が織りなす三次元構造を地下水流動系といいます。地下水は近傍の地下水面の高まり(尾根や台地)から直近の低まり(谷)に向かって流れる局地流動系、流域 の最高所から最低所に向かって流れる地域流動系とその中間の中間流動系が階層構造を織りなす三次元的な形をしています。循環する水の量は局地流動系が最も多く、Tothの計算ですと80%が局地流動系を通過するとされています。地域流動系は流動量は少ないのですが、貯留量が大きいため、揚水の影響が顕在化するまで時間がかかることが世界の(量的な)地下水問題の原因になっています。
三次元といったすぐ後に四次元とはなんだと思われる方もおられるでしょう。地下水の流れは非常に遅く、何万年~何十万年前に涵養された地下水を使っていたり、何万年も前に形成された動水勾配が今も解消されていない場所が世界にはたくさんあります。身近に使っている地下水でさえ、数百~数万年の年齢を持つことがあります。地下水を使うときは、その履歴を考えてみませんか。 エジプトの沙漠地域で帯水層として使われているヌビア砂層では水位が1000mも下がっているそうな。確実に持続可能ではありません。地下水技術者はどうしたらよいのだろうか。
地下水流動系の器である地層は水理的に連続しており、水分子より大きな空隙を持ち、透水係数はゼロではありません。地下水が涵養域から流出域まで流れる間はすべて水理的に連続しており、 難透水層を通過する地下水の流れも存在します。帯水層中に泥層のはさみがあると、その泥層の上下の動水勾配は大きくなるという特性が地下水流動系にはありますので、泥層(難透水層)があるのでひとつの帯水層の汚染の影響は上下の帯水層には及ばない、といった表現には注意してください。
地下水のあり方は地域によって大きく異なります。地質、地理(気候や地形)の知識をベースに、地下水流動系の考え方を敷衍し、地域ごとに地下水のあり方を予見する力(経験的知識によって地下水のあり方を予想する力)を身につけてください。地下水理論といった普遍性はベースにあるもの。その上にある個別性が理解できるようになると、地域の問題に対応できるようになります。なお、ある程度経験を積むと、論文や書籍に書かれている経験を“わがこと化”することができるようになるでしょう。そうなったら、エキスパートです。
ダルシーの法則の説明と、地下水流動方程式の導出について簡単に説明しました。地下水の流れが定常(時間変化がない状態)であれば、水理水頭分布はラプラスの方程式を解くことによって計算することができます。私は昔はBASICとFORTRAN、後はC言語で地下水流動方程式を差分法で解くことにより、地下水流動系の性質を理解することができました。皆さんもぜひご自身で地下水流動方程式を解くことをおすすめします。
地下水流動方程式を解くときの境界条件である地下水面は(地下水面では大気圧になるので、地下水面の高さが水理水頭)、湖沼の水面のようなものが地下にある訳ではありません。土壌を浸潤し、地下水面に到達する量(涵養量)と、地下水面から悠久の地下水流動へと旅立っていく流動量の動的平衡として形成されています。モデルではあたかも水面があるように扱いますが、この動的平衡という見方を忘れないようにしてください。
役に立つリンク(フレームの中で表示できない場合は、新しいWindow、Tabで開いてください)